神戸地方裁判所 昭和62年(行ウ)13号 判決 1994年10月26日
原告
津村宏
同
平田純一
同
平田尚子
原告兼原告平田純一同平田尚子法定代理人親権者父
平田鐵雄
原告兼原告平田純一同平田尚子法定代理人親権者母
平田晴子
原告兼原告津村喜好承継人
津村富美
原告兼原告津村富美法定代理人親権者母兼原告津村喜好承継人
津村喜代子
右原告ら訴訟代理人弁護士
渡部吉泰
同
西村忠行
同
小沢秀造
右原告ら訴訟復代理人弁護士
筧宗憲
被告
兵庫県収用委員会
右代表者会長
上田徹一郎
右指定代理人
大藤潔夫
外二名
被告
神戸市
右代表者市長
笹山幸俊
右訴訟代理人弁護士
飯沼信明
同
樫永征二
主文
一 原告らの被告兵庫県収用委員会に対する主位的請求を棄却する。
二 原告らの被告兵庫県収用委員会に対する予備的請求に係る訴えを却下する。
三 原告らの被告神戸市に対する予備的請求を棄却する。
四 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 主位的請求
被告兵庫県収用委員会が昭和六一年一二月一九日付でした起業者神戸市からなされた神戸国際港都建設新住宅市街地開発事業西神地区新住宅市街地開発事業に係る土地収用の裁決申請及び同日付で申立てのあった明渡裁決の申立てに対する裁決を取り消す。
二 予備的請求
1 被告兵庫県収用委員会が昭和六一年一二月一九日付でした収用及び明渡裁決に伴う損失補償額に対する裁決のうち、原告津村宏に対する補償額を金五八七万七一八一円と、同平田純一及び同平田尚子に対する各補償額を金一七九万八五九四円と、同平田鐵雄に対する補償額を金九六万七九九七円と、同平田晴子に対する補償額を金三八〇万二四八七円と、同津村富美に対する補償額を金二三〇万六三九三円と、同津村喜代子に対する補償額を金一三八万四〇九五円と、津村喜好に対する補償額を金一一一〇万三七三一円と各変更する。
2 被告神戸市は、原告津村宏に対して金二六七万〇五一六円、同平田純一及び同平田尚子に対して各金四〇万一四一二円、同平田鐵雄に対して金二一万五六六八円、同平田晴子に対して金二二〇万七九五五円、同津村富美に対して金三三四万五九五八円、同津村喜代子に対して金三一四万〇一六五円及び右各金員に対する昭和六一年一二月一九日から完済に至るまで年五分の割合による各金員を支払え。
第二 事案の概要
被告神戸市(以下「被告市」という。)を起業者とする神戸国際港都建設新住宅市街地開発事業西神地区新住宅市街地開発事業(以下「本件事業」という。)に関し、被告兵庫県収用委員会(以下「被告委員会」という。)がした土地収用裁決は、被告市の信義則等に反する行為により収用裁決自体が違法であるうえ、被告委員会のした本件事業に関する事業認可も違法であるから右違法が収用裁決の違法に承継されることを理由に被告委員会がした土地収用裁決の取消しを主位的に求め、予備的に裁決認定の損失補償額は不当であるとして原告ら主張の損失補償額を求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 本件事業は、昭和四五年一二月二二日に兵庫県知事が都市計画決定を行い、同四六年一一月九日に被告市が兵庫県知事の事業認可を受け、その後、同五五円一〇月三日に兵庫県知事が右都市計画を変更し、同年一二月二六日に被告市が兵庫県知事の変更認可を受けた(以下、以上の兵庫県知事の認可及び変更認可を併せて「本件事業認可」という。)。
2(一) 被告市は、昭和五九年一〇月二二日付けで本件事業に関し、神戸市西区平野町繁田字九谷六番ないし八番、同一三番、同市西区平野町繁田字二谷三二番、同市西区平野町字繁田栢谷七四九番、同七五八番の土地(以下「本件溜池」という。)の原告らの持分六三分の二及び同土地上の立竹木につき、土地収用の裁決申請及び明渡裁決の申立てをした。
(二) 被告委員会は、昭和六一年一二月一九日付けで右申立てを認める裁決をした(以下「本件裁決」という。)。
(三) 被告委員会は、本件収用に伴う損失補償額を本件収用地域につき一平方メートル当たり一万五二〇〇円と認定して、これに基づき土地に対する補償として、原告津村宏に対し一七一万九〇七六円、同平田鐵雄に対し七五万二〇九六円、同平田晴子に対し一〇万七四四二円、同平田純一及び同平田尚子に対し各一三九万六七五〇円、津村喜好に対し一四万三二五六円、原告津村喜代子に対し一〇七万四四二二円、同津村富美に対し一七九万〇七〇五円、用水地役権消滅に対する補償として、原告津村宏に対し一四八万七〇五七円、同平田晴子に対し一四八万七〇五七円、津村喜好に対し五二九万八七八三円、立竹木に対する補償として、原告津村宏に対し五三二円、同平田鐵雄に対し二三三円、同平田晴子に対し三三円、同平田純一及び同平田尚子に対し各四三二円、津村喜好に対し四四円、原告津村喜代子に対し三三二円、同津村富美に対し五五四円の各補償額を認定した。
3 原告であった津村喜好は、平成元年一一月一二日死亡し、同人の財産上の地位を原告津村喜代子及び津村富美が相続により継承した。
二 争点
1 本訴予備的請求1項の適法性
2 本訴予備的請求2項(主観的予備的併合請求)の適法性
3 神戸市の信義則等違反と本件収用裁決の違法性の有無
4 本件都市計画及び都市計画事業に関する兵庫県知事の認可の違法性の有無と違法性の承継
5 本件収用裁決における損失補償額は正当か
三 争点に対する当事者の主張
1 争点1について
(一) 被告委員会の主張
(1) 本件予備的請求1項は被告委員会のした裁決のうち損失の補償に関する部分の変更を求めるものであるが、損失補償に関する訴訟は、土地所有者又は関係人が原告である場合は起業者を被告とし、起業者が原告である場合は土地所有者又は関係人を被告としなければならないとされている(土地収用法一三三条二項)。
よって、損失の補償に関する訴訟について起業者ではない被告委員会を被告とすることはできない。
(2) 「行政処分の変更」という訴訟形式は、行政事件訴訟法の認めるところではない。損失補償に関する裁決処分のような行政処分において、これを変更する裁判を求める訴えは、実質において裁判所に行政処分を求めることにほかならないから許されないものと解すべきである。
(二) 原告らの主張
損失補償の増額を求める訴えについては、①収用委員会に対し、補償額の変更を求める訴えを提起すべきであるという考え方、②直接、起業者に対し、給付あるいは確認の訴えを提起すべきであるという考え方、③前二者の折衷的見解として収用委員会に対しては補償額の変更の訴えを、起業者に対しては給付の訴えを同時に提起すべきであるとの考え方があるが、③の考え方が相当である。
2 争点2について
(一) 被告市の主張
原告らの被告市に対する予備的請求2項は、原告らの被告委員会に対する主位的請求が認容されない場合に備えての予備的請求であるが、かかる訴訟形式は、被告市の訴訟上の地位を著しく不安定にするものであり、また、行政事件訴訟法には訴えの主観的予備的併合について何らの規定がなく、同法七条により民事訴訟の例によるとされているところ、民事訴訟において訴えの主観的予備的併合を不適法とするのが最高裁判所の判例である(最判昭和四三年三月八日民集二二巻三号五五一頁)。
したがって、被告市に対する本件予備的請求2項は不適法として却下されるべきである。
(二) 原告らの主張
土地収用法一三三条が収用委員会の裁決のうち損失補償に関する不服については裁決に対する訴えとは別個の訴えによるものとし、しかもその訴えの当事者を土地所有者又は関係人と起業者としているのは、本来ならば裁決に対する不服としてその取消しを求めて収用委員会を相手に抗告訴訟を提起すべきところ、損失補償に関する事項が私益的なものである点に着眼し、土地所有者等や起業者を相手に直接争わせることとしたものである。かかる点からすれば、右損失補償に関する訴えは、その本質において抗告訴訟であり、損失補償金増額請求訴訟において被告となるべき起業者の地位は、裁決取消請求訴訟の被告となるべき収用委員会と同一の基盤に立つものといえる。さらに、収用裁決取消請求と損失補償金増額請求との関係をみるに、後者は、収用裁決が適法であることを当然に前提とするものであるから、両請求は理論上相排斥する関係にある。そこで、仮に後者を予備的とする訴えの併合が許されないとすれば、土地所有者としては、まず、収用裁決取消請求の訴えを提起し、その敗訴が確定した後に損失補償金増額請求の訴えを提起しなければならないこととなる。しかし、損失補償金増額請求の訴えの出訴期間は裁決書の正本の送達を受けた日から三月以内と定められている(土地収用法一三三条一項)ので、通常の場合、収用裁決取消請求訴訟の判決が確定したときにはすでに右出訴期間が徒過していて、もはや損失補償金増額請求の訴えは提起できなくなっている。右出訴期間を遵守しようとすれば、土地所有者としては一方で収用裁決取消請求の訴えを提起し、その結果を待たずに他方で別訴により損失補償金増額請求の訴えを提起しておかなければならないことになる。このように別訴による場合でも、損失補償金増額請求訴訟の被告としては、仮に自己の訴訟につき認容判決を得たとしても、その後に収用裁決取消訴訟の認容判決が確定すれば、先に得た認容判決は無意味な判決となり、これとは逆に、収用裁決取消請求訴訟の認容判決が先に確定すれば、その後の訴訟続行は全く不必要になるのであって、その地位が不安定であることは主観的予備的併合を認めた場合と何ら変わりはない。
そして、両請求につき別々に訴えを提起させるよりも収用裁決取消請求を主位的、損失補償金増額請求を第二次的とする主観的予備的併合の訴えを提起させることの方が、審理の重複を避けて不必要な審理をしないで済む点で訴訟経済にかない、また、収用裁決取消請求の判決と損失補償金増額請求の判決の矛盾抵触を避けることができ、同一の収用裁決に関する紛争をできる限り一挙に解決しうるという点で当事者の意思にも合致する。
したがって、本件における被告神戸市に対する予備的請求2項は適法である。
3 争点3について
(一) 原告らの主張
(1) 溜池存置の約束違反
被告市は、地元農民に対し、計画当初から本件溜池を残すということを明言してきた。地元農民は、本件溜池は残され、従って潅漑用水が確保されるものと信じて、先祖伝来の土地を手放し、被告市に協力したのである。しかし、突然溜池の収用の方針が示され、被告市は、結局溜池存置の約束を反故にした。
このように、土地買収過程における被告市の約束違反は重大な信義則あるいは禁反言の法理に反するものであり、これを前提とする本件収用裁決は違法である。
(2) 優先分譲案の反故
被告市による繁田地区の農民に対する買収活動は、昭和四四年一〇月ころから始まり、地元説明会で多くの農民は本件計画に反対したところ、被告市の当時の藤本英臣開発局業務課長らは、農民に対し、以下のような優先分譲案を提案した。右案の内容は、ニュータウン完成後、住宅用地につき最高一口二〇〇坪(一万二〇〇〇平方メートル以上の地主については二口)、商業用地につき最高六〇坪の土地を買収価格の約一〇倍までの値段で、地元農民に対し優先分譲するというものであった。
農民にとって、本件土地は先祖伝来の土地であり、買収には簡単には応じられないものであったが、市という公の機関による事業であり、右の分譲案のようにある程度格安に土地が取得できるのであれば、結局先祖の土地を形を変えて保持できるため、買収に応じるのもやむを得ないと考えるに至った。昭和四七年に右の優先分譲申込の受付が始まり、事業用地の所有者の殆どが逐次申込を行っていた。
しかし、昭和五五年一一月から一二月にかけて行われた被告市による優先分譲等についての地元説明会において、被告市は、突如として地元農民にとって遥に厳しい優先分譲案を提示するに至り、最初に被告市が提出した優先分譲の条件に従った地元所有者の分譲申込の一切を無視した。
以上のように、被告市は、農民が買収に応じる重大な契機となった優先分譲案を何らの説明もなく一方的に破棄したのであり、農民の信頼を裏切った被告市の信義則あるいは禁反言の法理に反する程度は極めて重大であり、右の行為を前提とする本件収用裁決は違法といわざるを得ない。
(3) 繁田地区全農地への十分な潅漑用水供給約束違反
被告市は、繁田地区の農民に対する水は十分に保障すると約束し、その内容として池からのパイプラインは被告市の負担で行い、それは池掛り地区のみならず川掛り地区まで保障する(パイプラインの一本化)というものであった。しかし、神戸市が設置したパイプラインは極めて粗末なもので、まず、国が設ける農水省基準を満たさず、また、高所に向かって引水するという極めて不合理な設置方法のもので、その設置位置も私有地の上を通過するなど無計画で一旦決壊したときの混乱について農民は強い不安を有している。
さらに、被告市は、繁田地区への潅漑用水の水源として繁田大池ダム一個を用意したに過ぎないが、その容量は同地区を潤すには極めて少ないものである。
(4) 池林の存在の無視
本件溜池の特に下流部分には「池林」と称する部分があったが、これは、溜池の倒壊を防ぎ、大水の際の余水処理の機能を果たすものであって、溜池と不可分の関係にあり、溜池の一部を形成していたのである。池林は池の所有関係と同様に繁田地区農民の共有に属していたのであり、農民は、この池林の存在を繰り返し主張し、これに対する正当な補償要求を行ってきたが、被告市は、これについての調査を全く行わずに右主張を退けた。
(5) 以上のとおり、被告市は信義則あるいは禁反言の法理に反する行為を繰り返しており、右のような行為を前提とする本件収用裁決は違法といわざるを得ない。
(二) 被告らの主張
(1) 溜池存置の約束違反の主張について
本件事業の事業区域は、神戸市西区平野町及び櫨谷町にまたがる丘陵地を面積約六四二ヘクタール、計画人口約六万七〇〇〇人で、道路、公園、上下水道等の公共施設並びに学校、病院、店舗等の公益的施設を計画的に配置し、健全な市街地として開発するものである。事業区域内の土地については、被告市は全て買収して所有権を取得する、いわゆる全面買収をする計画であった。
本件溜池は、図面(乙第二号証の五)のとおり、第三住区内に位置し、本件計画の当初から、幹線道路である西神七号線、緑地、住宅及び区画街路の用地とされており、本件事業計画において本件溜池は存置せず造成する予定であった。
本件溜池は、かつては、津村亀治を含む二一名の共有土地であったが、被告市は、昭和五七年六月までの間に津村亀治関係の持分を除く持分二一分の二〇を取得していた。
以上の事実から、原告らが主張するように、被告市が地元農民に対して溜池の存置を約束することはあり得ない。
(2) 優先分譲案の反故の主張について
造成宅地の処分価格について新住宅市街地開発法(以下「新住法」という。)二四条は、造成宅地等の処分価格は、居住の用に供するものについては、当該造成宅地等の取得及び造成又は建設に要する費用を基準とし、かつ、当該造成宅地等の位置、品位及び用途を勘案し、決定するよう定めなければならないと規定している。被告市は、造成宅地の処分価格を右法令に従って決定しているものであり、処分価格がやや高額になったのは、造成に要する費用に多額を要したことによるものであり、被告市に信義則違反があるというものではない。
(3) 繁田地区全農地への十分な潅漑用水供給約束違反について
農業用水の必要量の確保について、昭和四六年一二月一八日付覚書(丙第二一号証)において、被告市は、農業用水の必要量の確保及び給水の万全を期すものと定められているが、ここにいう農業用水とは、統廃合前の溜池掛かりの田のうち事業区域外のものに対する農業用の水をいうものと定められている(右覚書第一条の②、第二条)。
被告市は、昭和四六年に、学識経験者等で構成する西神ニュータウン水対策技術委員会を設置し、防災、治水及び利水に関する技術的研究を行わせ、その報告をもとに、水害防止、農業用水の確保等に十分配慮し、本件事業を施工した。繁田地区においては「繁田大池ダム」を設置し、更に利水者のために小出池も設置している。
繁田大池ダムの敷地面積は約5.7ヘクタール、容量は約二〇万トン、うち農業用水量は約一二万三〇〇〇トンであり、農業用水の必要料は確保されている。
原告ら主張のように、被告市が繁田地区農民に対して潅漑用水の十分な保障を約束したのにこれを反故にしたということはない。
なお、繁田地区の農地に敷設された給水用のパイプラインについて、原告らは被告市が明石川の川掛かりの農地と溜池掛かりの農地のパイプラインの一本化について公約したと主張するが、被告市はそのような公約をした事実はない。パイプラインについて、被告市は、地元と協議し、現地での立会いもし、地元農民の同意のもとに敷設したもので、パイプの材質も設計基準を満たしている。
(4) 池林の存在の無視の主張について
本件溜池の境界については、本件溜池に精通した者の立会いの上で特定されたものであり、現地の地形等に照らし合わせても正当である。
原告らが主張する池林等の部分は、法務局備付けの公図にも記載されておらず、池林と称する部分があったとの主張は認められない。
この池林の存在を農民は繰り返し主張したとしているが、繁田地区の山林・溜池の買収において、池林の存在及びその補償要求をした者は原告ら以外にはいない。
4 争点4について
(一) 原告らの主張
(1) いわゆる違法性の承継について
収用裁決取消訴訟において、収用裁決の違法の根拠として、事業認定の違法を主張するいわゆる違法性の承継理論がある。
すなわち、違法性の承継とは、後行行為の取消訴訟において、既に公定力と不可争力を生じて確定した先行行為の違法性を主張して後行行為の取消しを求めることができるかという問題であり、互いに要件と効果の関係で連続する複数の行政行為が共通の目的を持ち、全体の統合により、単一の法的効果を生ずる場合に違法性の承継を認めるべきである。
本件のような事業認定と収用裁決の関係は、右の関係にある典型的事例として違法性の承継が認められるべきである。
(2) 本件事業認可の違法について
① 都市計画法(昭和五五年法六二号。以下同じ。)一三条一項六号(四号)、九号違反
同法一三条一項六号(四号)は、市街地開発事業予定区域内の都市施設については、「当該都市の特質を考慮して」(一項本文)「土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して、適切な規模で必要な位置に配置することにより、円滑な都市計画を確保し、良好な都市環境を保持するように定めること」(四号)としているが、本件において到底適切な規模で必要な配置がなされているとは考えられず、よって、本件計画はこの規定に違反し違法である。
同法一三条一項九号は、都市計画が同法六条一項による県知事の調査結果及び政府の調査結果に配慮して定められるべきことを規定するが、本件計画は、現況等に関する右調査結果に十分の配慮をすることなく立案されたものであり、違法である。
② 都市計画法五九条六項違反
右条項は、当該都市計画事業が用排水施設その他農用地の保全若しくは利用上必要な公共の用に供する施設を廃止し、若しくは変更するものであるとき、又はこれらの施設の管理、新設若しくは改良に係る土地改良事業計画に影響を及ぼすおそれがあるものであるときは、当該都市計画事業について、当該施設を管理する者又は当該土地改良事業計画による事業を行う者の意見を聞かなければならないと規定している。
本件溜池及びその用水路は、「農用地の利用上必要な公共の用に供する施設」ということができ、また、本件においては「施設の管理」又は「改良に係る土地改良事業計画に影響を及ぼすおそれがある」と認められるのであり、従って、知事は意見聴取の義務があるにも関わらずこれを怠って認可をしたものであり違法である。
③ 都市計画法六一条一号違反
右六一条一号は、事業の内容が都市計画に適合することを要求しているが、本件事業は本件計画に適合せず違法である。
④ 新住法二条の二第一号、第四号違反
右二条の二は、新住宅市街地開発事業に係る開発予定区域の適法条件について規定するが、同条の二第一号は、その条件として人口の集中に伴う住宅の需要に応ずるに足りる適当な宅地が著しく不足し、又は著しく不足するおそれがある市街地の周辺の区域で、良好な住宅市街地として一体的に開発される自然的及び社会的条件を備えていることを要求しているが、本件計画は右条件に該当せず違法である。
また、同条の二第四号は、右区域が都市計画法上の第一種住居専用地域、第二種住居専用地域若しくは住居地域又は準工業地域及び近隣商業地域又は商業地域内にあって、その大部分が第一種住居専用地域又は第二種住居専用地域内にあることを要求しているが、本件事業計画はこの条項に違反しており、本件計画は違法である。
⑤ 新住法三条違反
右条項は都市計画に定めるべき施行区域について規定するが、同条は同法二条の二規定の各条件の充足のみならず、整備されるべき主要な公共施設に関する都市計画が定められていることを条件として要求しているが、本件計画において、右事項についての計画は全くないか、あるいは極めて不十分なものであり、本件計画は違法である。
⑥ 新住法四条二項二号、四号違反
同条二項二号は、都市計画の内容を地形、地盤の性質等から想定される住宅街区の状況等を考慮して、適正な配置及び規模の道路、近隣公園その他の公共施設を備え、かつ、住区内の居住者の日常生活に必要な公益的施設の敷地が確保された良好な居住環境のものとなるように定めることとしているが、本件計画の趣旨からして、到底右の「適正な」配置等を実現したものということができず、本件計画は違法である。
また、同条二項四号は、「宅地の利用計画は…良好は居住環境の確保のために適切なもの」でなければならないと規定しているが、本件計画の趣旨からして、右目的を実現したものということができず、本件計画は違法である。
⑦ 都市計画法六三条二項違反
右条項は変更認可に関する規定であって、同法五九条六項を準用しているところ、本件事業計画の変更に関する認可の際に関係者からの意見聴取をしていないから、右変更認可は違法である。
⑧ 土地収用法二〇条三号違反
都市計画法七〇条は都市計画事業について、同法五九条の認可をもって土地収用法二〇条の事業認定に代える旨規定するが、これは都市計画法上の認可の違法性の判断の際に土地収用法二〇条が規定する事業認定の要件を右判断の基準として活用することを否定するものではない。そこで、土地収用法二〇条の要件を検討するに、同条三号は「事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであること」を要求し、事業計画が公共性を有することを要件としている。
本件における新住法に基づく事業の公共性の内容を検討すると、今日の住宅供給事業の持つ生存権的側面と民間業者による無秩序な開発を許すことによる自然破壊を防止し、自然保護、豊かな居住環境等の非採算的な諸利益にも十分な配慮をした秩序ある開発の促進という点にある。新住法一条も「健全な住宅市街地の開発及び住宅に困窮する国民のための居住環境の良好な住宅地の大規模な供給を図り、もって、国民生活の安定に寄与することを目的とする」と明言して、住宅供給事業の公共性の根拠を示している。
しかし、本件事業により供給される分譲価格は「住宅に困窮する国民のための住宅地の供給」を実現するものとはいえず、買収価格を併せ考慮すれば本件事業の生存権的色彩は全く失われていること、また、企業に対する処分価格は宅地供給価格のおよそ二分の一であり、さらに、その立地地域は交通上有利な場所に位置し、その面積は全体の三分の一近くの広大な面積になっており、企業優遇の実態が生じていること、本件事業計画が実現された現実を見ると、「居住環境の良好な住宅地」とはいえないこと、本件事業は豊かな自然環境を破壊し、周辺地域の生活に深刻な影響を与えていること等からして、本件事業は右の公共性の趣旨を実現しているものとはいえない。
(二) 被告らの主張
(1) いわゆる違法性の承継について
違法性の承継を肯定するためには、行政行為の公定力理論の例外を認めるものである以上、これを認める合理的根拠が必要であり、事業認可と収用裁決との間に、国民の権利利益の救済の観点からみて、違法性の承継を肯定しなければ特段の不合理な事情を招来すると認められるか否かという観点から検討されるべきである。
事業認可については、都市計画法上、公告、告示等の諸制度が設けられているのであるから、事業地内の土地建物等につき所有権その他の権利を有する者は、事業認可について迅速かつ確実に知り得る機会を与えられており、これに違法がある場合には、取消訴訟を提起することが容易である。したがって、事業認可の違法に関する救済手段としては事業認可の取消訴訟を認めれば十分であり、収用裁決の取消訴訟において事業認可の違法を争わせなければならない必要性はなく、違法性の承継を認めるべきではない。
(2) 本件事業の公益性・必要性
神戸市西神地域は、かつては鉄道や幹線道路がなく、上水の供給も不十分であって都市化の影響を受けていなかったが、県道神戸明石線、第二神明道路等の整備によって住宅や工場の立地が促され、また、神戸市及び明石市の既成市街地の拡大傾向がこの地域に及び、いわゆるスプロール現象(都市の急激な発展に伴う、郊外部の無秩序住宅化、虫食い的な発展をいう。)を示し始めていた。被告市は、昭和四〇年に策定した神戸市総合基本計画において、西神地域の秩序ある開発によりスプロール化を防止し、かつ、既成市街地への人口、産業の流入、集中、過密化を防止するために、西神ニュータウンの建設を位置づけていた。本件事業は、西神ニュータウン建設事業の一環として施行されるもので、単に市民に住宅を提供するに止まらず、鉄道、道路、上下水道等を整備して西神地域の一体性を高めることを企図するもので、都市計画の基本理念に基づき施行する高度の公共性、社会的必要性を有する事業である。
原告らは、本件事業により供給される宅地の分譲価格が高価であること、大手企業に対しては格安で分譲していること、高価な分譲価格を反映して、購入希望者は減少傾向を示していること、本件事業は居住者の生活、自然環境を無視した全く計画的創造性に欠けるものであることなどを理由に、本件事業の公益性及びその継続の必要性は極めて疑わしいと主張するが、以下に述べるとおり、いずれも失当である。
① 本件事業の施行地域は、約六四二ヘクタールであるところ、本件事業計画において、住宅用地はその内の約四五パーセントに過ぎず、公園、緑地は約二〇パーセントを占め、約二ヘクタールないし八ヘクタールの近隣公園を六か所、約一六ヘクタールの地区公園を一か所及び標準約0.25ヘクタールの児童公園を約三〇か所設置することとされており、また、地区周辺の自然斜面は緑地として保存されるほか、その他の部分に環境の確保に必要な緑地を設けることとされている。
そのほかに、道路その他の公共施設用地は約二二パーセント、公益的施設用地として教育施設用地約五パーセント、購買施設、医療施設等の用地約八パーセントをそれぞれ確保することとされている。
したがって、本件事業は、居住者の生活とか自然環境を無視したものではない。
② 新住法の適用を受けて造成された宅地の処分価格は、同法二一条の規定により処分計画で定めるものとされ、また、同法二四条は、造成宅地等の処分価格は、居住又は営利を目的としない業務の用に供されるものについては、当該造成宅地等の取得及び造成又は建設に要する費用を基準とし、かつ、造成宅地等の位置、品位及び用途を勘案し決定するように定めなければならないと規定している。
本件事業における処分価格も右規定に基づいて定められたものであって、同処分価格を定めた処分計画は、同法二二条の規定に基づき兵庫県知事の認可がなされている。
③ 企業に対する造成宅地の分譲についても、同法の規定に従って公募し、公正な審査の下に選定しているのであって、格別有利に取り計らったものではなく、処分価格についても、処分計画で定めた適正な価格によっている。
④ 造成宅地の分譲は、昭和五六年一一月の第一回分譲以来、申込倍率は常に数倍ないし数十倍で完買されており、特に、昭和六二年三月一八日の神戸市高速鉄道西神延伸線の開通(学園都市駅から西神中央駅までの区間)以後は、それ以前に比して申し込み者が増大しており、原告ら主張のように購入希望者が減少していることはない。
5 争点5について
(一) 原告らの主張
(1) 本件溜池の土地単価について
被告市は、昭和五九年に本件事業に関連して鉄道用地として神戸市西区櫨谷町長谷字光松谷六番の溜池を柳瀬功らから購入したが、その際の一平方メートル当たりの単価は二万一八〇〇円であった。右溜池は本件溜池に近接し、また、利用状況、付近の状況等が本件溜池に極めて類似するものであり、右の買収価格が本件においても相当である。
(2) 本件溜池の面積について
① 本件溜池と周辺土地との境界設定の方法は、境界設定部分に赴かず対岸から適当に境界を特定していくという方法が採られた。市は、右設定に際し、本件溜池の元所有者である水利長坪井義寛、自治会長福寿好一、竹川徳重、森岡繁夫他数名の立会いを求めたが、それも市側の一方的な指示を単に傍観していたに過ぎないものであり、そもそも本件溜池は幕藩体制のころから存在し、村により維持管理及び利用されてきたものであり、右の者らによって簡単に境界が特定されることは不可能である。
② 本件数個の池の間には右池に密接不可分な関係にある広大な「池林」といわれる部分があるが、これは池の一部と目されるべきであり、また、池からの水により恩恵を受けた農民は、当然に右池林上の水に対し、相応の水利に関する権利いわゆる用水地役権を有してきた。これを切り捨てた被告委員会の認定には重大な違法がある。
(二) 被告らの主張
(1) 本件溜池の土地単価について
被告委員会は、本件池の価格を収用対象地区の地価の動向、神戸市需給圏内類似地域の取引事例及び被告委員会が現地調査をした本件池の価格形成上の諸要因並びに被告委員会が求めた不動産鑑定士の鑑定評価を総合勘案し認定したもので、その認定は相当である。
原告らは、被告市が本件溜池と類似する溜池を一平方メートル当たり二万一八〇〇円で買い受けたので、本件溜池の評価も右価格によるべきであると主張する。しかし、被告市は、昭和五九年一二月四日及び昭和六〇年一月八日に柳瀬功他七名から右土地(公簿面積一七五五平方メートル)を原告ら主張の単価で買い受けたが、右土地は公簿上の地目は溜池であるものの、買い受け当時の現況は雑種地であったものであり、本件溜池とは状況が異なるので、本件溜池を右土地と同一単価で評価することは妥当ではない。
(2) 本件溜池の面積について
① 被告市は、本件収用対象地に精通した者の立会いの下で本件溜池の境界を設定し、面積を特定しており、また、現地の地形等に照らし合わせても右境界は相当と認められる。
② 原告らが主用する池林、水路については、原告らが本件裁決に係る審理手続において提出した右池林及び水路の位置を示す図面によれば、右池林等の部分は本件溜池の部分から突出した形状をしていることとなるが、法務局備付けの公図に示された本件収用対象地の形状は、原告ら主張のような形状には記載されておらず、右池林等の部分は本件収用対象地の一部とは認められない。
第三 争点に対する裁判所の判断
一 争点1について
1 土地収用法一三三条二項は、収用委員会の裁決のうち損失補償に関する訴訟につき、その法律関係の当事者の一方(起業者、土地所有者又は関係人)を被告としなければならないと規定しているから、損失補償に関する右訴訟は行政事件訴訟法四条にいう当事者訴訟である。これは、収用裁決について収用自体に不服がなく、損失補償金額のみについて不服がある場合、利害はその法律関係の当事者の問題であり、かかる場合は裁決の取消しという抗告訴訟形式により行政庁を被告として争わしめる実益は殆ど考えられず、補償金を支払う立場の起業者と、これを受け取る被収用者又は関係人間で当事者訴訟形式によって正当補償額を決める建前を採るのがより適当であるとの考え方に立脚したものであると解される。そして、土地収用法は損失補償金について前払い主義を採るから(同法一〇〇条、九五条)、正当補償額との差額について、起業者と被収用者又は関係人間で給付請求あるいは確認請求といった当事者訴訟で十分その目的を達しうるのであって、ことさら「行政処分の変更」という訴訟形式をここに持ち込むことは、法律上の根拠も、その実益も存しない。
2 よって、損失補償に関する訴訟について起業者ではない兵庫県収用委員会を被告とすることは許されず、同委員会に対し損失補償額の変更を求める原告らの予備的請求1項は不適法としてこれを却下すべきである。
二 争点2について
1 主位的被告に対する請求が認容されない場合に備えて、予備的被告に対する請求を併合するいわゆる主観的予備的併合については、主位的被告に対する請求の認容判決が確定すれば、予備的被告に対する訴訟は遡及的に訴訟係属を消滅させられることになり、予備的被告の地位はすこぶる不利益・不安定であること、この併合形態には共同訴訟人独立の原則が適用される結果、いずれか一方に対し又はいずれか一方が勝訴できるという意味での裁判の統一の保障は必ずしも得られないので、この併合形態を認める利点はそれほど大きくないこと、といった問題点があるとされている。
2 土地収用法一三三条は、損失補償に関する訴えは収用裁決取消訴訟とは別個の訴訟によるべきものと規定しているが、もともと収用裁決と損失補償に関する裁決とは一個の処分(裁決)の内容をなしているのであるから、本質的にはこれらの適否は処分庁としての収用委員会を相手方とする一個の訴訟において審判されるべきものである。また、損失補償金の増額を求めることは収用裁決が適法であることを前提とすることになるが、そのための訴訟を収用裁決取消訴訟に予備的に併合できないとすると、収用裁決と損失補償金のいずれにも不服がある者としては、損失補償金増額請求について出訴期間が裁決書正本送達の日から三か月以内と定められている関係上(土地収用法一三三条一項)、たとえ収用裁決に取消しうべき瑕疵があっても収用裁決取消訴訟において敗訴する場合を慮って、他にその訴訟における主張と矛盾した主張を前提とした損失補償金増額請求訴訟を提起しておくことが必要となり、結果的には無用な訴訟の提起を強いる場合が生じることになる。この場合に主観的予備的併合を認めれば、このような弊害を生ずるおそれはなく、他方、起業者についてみれば損失補償金増額請求の主観的予備的併合を認めるとした場合、訴訟の当初から訴訟に関与しなければならないのに判決において主位的請求たる収用裁決取消請求が認容されれば自己に対する請求について判決を受けることができず、また、主位的請求を認容する判決の確定により当然に相手方との間の訴訟係属がなくなる点、訴訟上不安定な立場に立つことにはなるが、それは損失補償金増額請求について別訴が提起された場合でも収用裁決取消の判決が確定すれば、別訴がその進行程度に関わりなく無意味になることと比較し、実質的に差異はないといえる。むしろ、起業者としては収用裁決取消訴訟に参加しうる立場にあるから(行政事件訴訟法二二条一項)、その訴訟において損失補償金の適否についての審判を受けることの方が利益に合するものといえる。一方、損失補償金増額請求の予備的併合を認めても起業者に特段の不利益を課するわけではなく、当事者にとって利点も多く、さらに、訴訟経済の点からみても予備的併合を認めれば審理の重複が避けられることから訴訟促進に寄与することになり、ひいては一個の処分(裁決)をめぐる紛争を一挙に解決できることになる。
3 以上の点からすれば、本件において主観的予備的併合を認めることによる弊害は比較的少なく、より以上に主観的予備的併合を認める利益の方が大きいといえるから、本件のように収用裁決の取消と損失補償金の増額を求める場合には主観的予備的併合も許されると解するのが相当である。
三 争点3について
1 溜池存置の約束違反について
(一) 乙第二号証の二及び五、丙第三号証ないし第九号証、証人中山利忠の証言によれば、本件事業計画において、被告市は、事業区域内の土地について全面買収をして所有権を取得する計画であったこと、買収した事業地域は六つの住区に分割し、住区は原則として幹線及び住区幹線で囲まれた区域で構成し、各住区に小学校、近接公園、購買施設その他の住区サービス施設を備えるものとされ、本件溜池は、第三住区内に位置し、本件計画の当初から幹線道路である西神七号線、緑地、住宅及び区画街路の用地として計画されていたこと、本件溜池はかつては津村亀治を含む二一名の共有土地であったが、被告市が昭和五七年六月までの間に本件溜池につき津村亀治関係の持分を除く持分二一分の二〇を取得していたことが認められる。
(二) 右の事実によれば、本件溜池は、本件事業計画の当初から被告市が全面的に買収し、埋め立てることによって幹線道路、緑地や住宅等に利用することが予定されていたものと認められ、そのために被告市は、昭和五七年六月までの間に本件溜池につき、持分二一分の二〇を取得し、ほぼ全面的に本件溜池を取得していたのであるから、被告市が本件事業地の地元住民らに対し本件溜池の存置を約束したというのは不自然であり、被告市が本件溜池の存在を約束したとは認められない。右の事実に照らし、証人坪井義寛の証言及び原告津村宏の本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は採用することができない。
(三) 以上により、被告市が本件溜池を存置するとの約束に違反して本件溜池を収用して埋め立てたという原告らの主張は採用することができない。
2 優先分譲案の反故について
(一) 甲第二〇号証及び第二一号証、証人坪井義寛の証言によれば、土地優先分譲申込書には土地の価格につき何ら触れられていないこと、優先分譲に関する被告市との話し合いの中で、優先分譲により取得する土地の価格につき、土地の種類・場所に応じた具体的な価格についての話合いはされていないことが認められる。
(二) 優先分譲について新住法二三条は、処分計画において、造成宅地等は政令で特別の定めをするものを除き、譲受人を公募し、公正な方法で選考して譲受人を決定するよう定めなければならないと規定し、新住宅市街地開発法施行令五条一号は、従前の土地の利用者で、当該土地に関する使用及び収益を目的とする権利を施行者に提供した者に、公募によらないで譲渡することができると定めており、これが優先分譲と称されるものである。そして、新住法二四条は、造成宅地等の処分価格は、居住の用に供するものについては、当該造成宅地等の取得及び造成又は建設に要する費用を基準とし、かつ、当該造成宅地等の位置、品位及び用途を勘案し、決定するよう定めなければならないと規定している。
原告らは、被告市が一定の条件の下で買収土地につき買収価格の約一〇倍までの値段で造成後の土地を優先分譲する旨の約束があったと主張するが、新住法等に定める優先分譲の内容や分譲価格の決定方法を越えて、土地の価格について被買収者に有利な扱いをする旨を被告市が約束したという特段の事情も認められず、土地優先分譲申込書(甲第二〇号証及び第二一号証)にも土地の価値について記載がなされていなかったことからすれば、右申込書も単に造成後の土地につき優先的に分譲を受けられるよう申し込んだものに過ぎないと推認することができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 以上により、被告市が本件事業における土地の買収に際し、地元住民らに対し、原告ら主張のように土地の価格につき被買収者を有利に扱う旨の優先分譲を約束したとは認められず、この点に関する原告らの主張は採用することができない。
3 繁田地区全農地への十分な潅漑用水供給約束違反について
(一) 丙第二一号証、証人中山利忠の証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
被告市は、本件事業の具体化に際し、昭和四六年に学識経験者で構成する西神ニュータウン水対策技術委員会を設置し、開発に伴う水対策に万全を期するため、防災、治水及び利水に関する技術的研究を行わせ、その報告をもとに水害防止、農業用水の確保等に配慮していること、本件事業区域内に存在した溜池は繁田大池ダムに統合し、右ダムの敷地面積は約5.7ヘクタール、容量は約二〇万トン、農業用水量は約一二万三〇〇〇トンで、さらに利水者のために小出池も設置し、それらは水系をもとに調査した受益田に必要な農業用水を貯水できるように築造されていること、被告市においては繁田地区には繁田大池ダムのほかに、上流の九谷水系にダムを建設する予定であったが、上流にダムを建設すると危険であることを理由に原告津村宏らの反対により建設することができなかったこと、そこで、被告市は、下流の南水谷のところに建設予定であった二つのダムを両方合わせた大きさの繁田大池ダムを建設したこと、右繁田大池ダムは下流に存在したためにパイプラインを建設して上流の田圃に水を流すようにしたこと、右パイプラインは被告市が地元と設計協議及び現地立会いを行い、その了解を得て設置したもので、パイプの材質も設計基準を満たしていること、農業用水の必要量の確保については、被告市と溜池等の農業用水水利権者の代表者との間で、昭和四六年一二月一八日事業区域内の溜池の買収及び買収後の取扱いについて覚書を作成しており、右覚書によると被告市が必要量の確保を約した農業用水は、「統廃合前の溜池掛りの田のうち、計画区域外のものに対する農業用の水をいう」とされていること、被告市は、川掛りのパイプラインについては工事費用のうち三〇〇〇万円を負担するという限度で協力すると述べていたことが認められる。
(二) 右に認定した事実をもとに検討すると、被告市は、本件事業の施行に際し、繁田地区農地の灌漑用水につき学識経験者からなる委員会を設置し、右委員会の調査研究報告をもとに繁田地区の受益田に必要な農業用水を貯水できるよう繁田大池ダムを建設するなど開発に伴う繁田地区農地の水対策に万全を期していたものと認められる。
原告らは、被告市は繁田地区のうち溜池掛りの農業用水のみならず川掛りの農業用水をも保障し、溜池掛りの農地へのパイプラインと川掛りの農地へのパイプラインを一本化して保障すると約束したと主張する。
しかし、被告市と溜池等の農業用水水利権者の代表者との間で交わされた前述した覚書において、必要量の確保及び給水の万全を期するものとされている「農業用水」は、「統廃合前の溜池掛りの田のうち、計画区域外のものに対する農業用の水をいう」と明記されている。被告市が行った本件溜池の埋め立てにより、直接に農業用水等の確保に影響を受けるのは溜池掛りの農地であり、川掛りの農地は直接影響を受けていないと認められるから、被告市が川掛りの農地へのパイプラインまでも保障しなければならないものではない。被告市としては、川掛りの農地の用水の確保につき、任意に協力する趣旨から川掛りの農地へのパイプラインの工事費用のうち三〇〇〇万円の範囲内で協力すると述べたに過ぎないと認められ、被告市の費用において溜池掛りの農地と川掛りの農地へのパイプラインを一本化して保障したとは認められず、右認定に反する証人坪井義寛の証言部分及び原告津村宏の本人尋問の結果部分は採用することができない。
(三) 以上により、被告市が繁田地区の農地に対する灌漑用水供給約束に反したという原告らの主張は採用することができない。
4 池林の存在の無視について
(一) 本件溜池の範囲の認定が、溜池の元所有者である坪井義寛、自治会長福寿好一ら地元の有力者の立会いの下で行われたことは当事者間に争いがない。そして、甲第二五号証、乙第九号証及び第一〇号証の各一ないし三、乙第一一号証ないし第一六号証、証人中山利忠の証言及び原告本人津村宏の本人尋問の結果によれば、本件溜池の範囲は実測平面図により特定されていること、溜池の範囲の認定は、通常、満水面から垂直にプラス三〇センチメートルから五〇センチメートルぐらいまで引いた線に入る面積で決定されていること、被告市は、本件溜池の範囲の認定に際し、満水面から一メートルぐらい上を溜池の範囲と認定して杭を打ったこと、本件溜池の認定につき客観的事実と異なる部分があるとして原告らから異議が申し立てられたので、被告市は、原告らの申立てどおり訂正したことが認められる。
(二) 原告らは、本件溜池の範囲につき、溜池と不可分の関係にあり溜池の倒壊を防ぎあるいは大水の際の余水処理の機能を果たしてきたいわゆる「池林」の存在を被告市が無視したと主張する。
しかし、原告らの主張する「池林」は、甲第二五号証の記載によると本件溜池の部分から突出した形状となっているが、甲第一一号証ないし第一五号証の神戸地方法務局備付けの公図によれば、本件溜池の形状として右のような部分の存在は認められず、原告ら主張の「池林」を本件溜池の一部と認めることはできない。本件溜池の範囲の認定については、右(一)で認定した事実からすれば、被告市は、溜池の元所有者らの立会いの下で適法に認定しているというべきである。
(三) 以上により、原告ら主張の「池林」が本件溜池の一部であるとは認められないから、被告市が本件溜池の範囲の認定につき、右「池林」を考慮しなかったとしても違法な認定であるとはいえない。
四 争点4について
1 いわゆる違法性の承継について
一般に行政処分は、公定力が認められ、先行処分が取り消されない限り、これを適法として後行処分を行うほかないことになり、後行処分の違法事由は、後行処分の固有の瑕疵に限られることになる。ところが、一連の手続における先行処分と後行処分の間に、これらが相結合して達成しようとする行政目的を完成させる最終処分を争う場面において、公定力と不可争力が生じてしまっている先行処分の瑕疵を争い得ないとすると、先行行為の処分性を肯定して早期に争う機会を与えたことが、かえって国民の権利保護を弱めることになるから、このような場合には公定力論の修正原理として違法性の承継を認めるのが相当である。
この点に関し、土地収用法は、起業者が事業のために土地を収用しようとするときは、建設大臣又は都道府県知事による事業の認定を受けなければならず(同法一六条、一七条)、建設大臣又は都道府県知事は、起業者の申請に係る事業が法定の要件を充たす場合に事業の認定をすることができ(同法二〇条)、事業の認定がされた場合には、起業者は、事業認定の告示があった日から一年以内に限り、収用委員会に収用の裁決を申請することができ(同法三九条)、収用委員会は、申請却下の裁決をすべき一定の場合を除いて収用裁決をしなければならないと定めている(同法四七条、同条の二)。このように、土地収用法に基づく事業認定と収用裁決は、相互に結合して当該事業に必要な土地の収用という一つの法的効果の実現を目的とする一連の行政行為であると解することができる。
したがって、先行の事業認定に瑕疵があって違法であるときは、その違法性が承継され、後行の収用裁決も当然に違法となるのであり、収用裁決の取消訴訟において事業認定の違法性は審理判断の対象となると解すべきである。
以上により、違法性の承継を否定する被告らの主張は採用することができない。
2 本件事業認可の違法について
(一) 乙第二号証の一ないし八、証人中山利忠の証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件事業は、神戸市における人口増加に伴う宅地の著しい不足に対処し、住宅に困窮する市民のために居住環境の良好な住宅地を大規模に供給することを目的として計画されたもので、西神地域が無秩序な住宅地として開発されることを防止するための長期的視点に立ち、広域及び既成市街地との関わりを考慮し、また、優良農地の保全、緑地、文化財等の環境保全等を含め、総合的・計画的に秩序ある都市形成を図り、さらに、大規模な公的開発によって、これまで遅れていた道路、鉄道などの交通体系、上下水道などの都市基盤や公共施設の整備を進めて、西神地域の一体性を高めることを企図していた。
(2) 本件事業計画によれば、事業区域面積は約六四二ヘクタールとされ、そのうち、住宅用地は約四五パーセント、公園、緑地は約二〇パーセントを占め、約二ヘクタールないし八ヘクタールの近隣公園を六か所、約一六ヘクタールの地区公園を一か所及び標準的0.25ヘクタールの地区公園を約三〇か所設置することとされており、道路その他の公共施設用地としては、教育施設用地を約五パーセント、購買施設、医療施設等の用地を約八パーセント確保するものとされていた。
(3) 本件事業は、昭和四五年一二月二二日、都市計画法一八条一項により、兵庫県知事が本件事業の計画決定を行い、同四六年一一月九日、被告市が同法五九条の一項の規定により兵庫県知事の認可を受け、同五五年一〇月三日、兵庫県知事が同法二一条二項において準用する同法一八条一項の規定により同事業の計画変更を行い、同年一二月二六日、被告市が同法六三条一項の規定により兵庫県知事の事業の変更認可を受けて施行された。
また、本件事業は、新住宅市街地開発事業(都市計画法一二条一項二号)として新住法の適用を受け、同法二一条一項の規定により定めるものとされている本件事業の施行計画及び処分計画に関し、施行計画については、昭和四九年九月一三日から同六二年九月一八日までの間に六回にわたり兵庫県知事に届け出ており、処分計画については、昭和五六年三月二八日から同六二年三月三〇日までの間に五回にわたり兵庫県知事の認可を受けた。
(二) 右に認定した事実をもとに本件事業認可の違法の主張について検討する。
(1) まず、本件事業ないし事業計画が都市計画法一三条一項六号(四号)、新住法二条の二第一号、第四号、四条二項四号に違反するとの原告らの主張については、右条項はいずれも本件事業ないし事業計画に適用がなく認められない。すなわち、都市計画法一三条一項六号(四号)、新住法二条の二第一号、第四号の規定は、都市計画法一二条の二第一項一号の新住宅市街地開発事業の予定区域に関する規定であり、本件事業に関しては適用がない。また、新住法四条二項四号は昭和六一年法律第四九号による改正により追加されたものであるから、本件事業が右規定に違反しているという原告らの主張は採用することができない。
(2) 次に、都市計画法一三条一項九号、五九条六項、六一条一号、六三条二項、新住法三条、四条二項二号の規定に反するとの原告らの主張について検討する。
右(一)で認定した事実からすれば、本件事業ないし事業計画は、神戸市民に居住環境の良好な住宅地を供給することを目的とし、さらに、西神地域が無秩序な住宅地として開発されることを防止し、総合的・計画的に秩序ある都市形成を図り、西神地域の一体性を高めることを企図しており、公園、緑地や道路その他の公共施設用地の確保にも十分配慮しているものと認められるほか、右に認定した本件事業計画の認可に至る経緯等に照らせば、本件事業ないし事業計画が右条項に違反している事実は認められず、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(3) さらに、原告らは、本件事業の認可が土地収用法二〇条三号の規定に違反すると主張する。
都市計画法七〇条によれば、都市計画事業については土地収用法二〇条の規定による事業の認定は行わず、都市計画法五九条の規定による認可又は承認をもってこれに代えるものとしているから、都市計画事業である本件事業について土地収用法二〇条三号の規定は適用されないと解すべきである。ただし、都市計画法六一条が同法五九条による都市計画事業の認可等の基準として都市計画に適合することを要求している以上、本件事業は同法二条に規定する都市計画の基本理念に従い土地の合理的な利用を図るものでなければならず、本件事業計画が公共性を有しなければならないことは原告ら主張のとおりである。
原告らは、本件事業につき、供給される宅地の分譲価格が高価であること、大手企業に対しては格安で分譲していること、本件事業は居住者の生活、自然環境を無視した計画的創造性に欠けるものであり、本件事業の公益性及び継続の必要性は認められないと主張する。しかし、新住法の適用を受けて造成された宅地の処分価格は、同法二一条の規定により処分計画により定めなければならないとされ、本件事業の処分計画は、同法二二条の規定に基づき兵庫県知事の認可がなされている。また、企業に対する造成宅地の分譲については、新住法の規定に従い公募し、公正な審査の下に選定していると認められるから、企業に対し格別有利に取り計らったものとは認められない。その他、原告ら主張の事実につき、これを認めるに足りる証拠はなく、かえって、右1(一)で認定した事実からすれば、本件事業は、神戸市の人口増加に伴う住宅地の需要増に応じ、住宅に困窮する市民のために住宅地を供給することを目的としたものであり、事業計画においては、緑地、文化財等の環境保全に留意し、公共施設を計画的に配置するなど住民の居住環境にも配慮した公共性、公益性を有する事業であると認められる。
3 以上により、本件事業認可が違法であるという原告らの主張は採用することができない。
五 争点5について
1 本件溜池の土地単価について
(一) 甲第九号証ないし第一一号証、丙第一、第二号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 被告委員会は、川崎興産株式会社不動産鑑定士吉池和夫(以下「吉池鑑定士」という。)及び種本不動産鑑定士事務所不動産鑑定士種本育生(以下「種本鑑定士」という。)に対し、本件溜池のうち神戸市西区平野町繁田字九谷一三番の溜池につき、昭和五八年一一月一一日時点における評価額の鑑定を依頼した。
(2) 右鑑定の結果、本件溜池の土地単価につき、吉池鑑定士は、一平方メートル当たり約一万四八〇〇円、種本鑑定士は、一平方メートル当たり一万五二〇〇円と認定した。
(3) 被告委員会は、本件溜池の土地単価につき、収用対象地区の地価の動向、同一需給圏内の類似地域の取引事例、被告委員会が現地調査をした本件溜池の価格形成上の諸要因及び右両鑑定の鑑定評価を総合勘案した上で一平方メートル当たり一万五二〇〇円と認定した。
(4) 被告市は、昭和五九年ころ、柳瀬功他七名から神戸市西区櫨谷町長谷字光松谷六番の土地(以下「訴外買収地」という。)を一平方メートル当たり二万一八〇〇円で買い受けた。右土地の地目は登記簿上溜池であったが、土地売買契約書によると「(ため池)雑種地」と記載されていた。
(二) 原告らは、訴外買収地は、本件溜池に近接し、利用状況、付近の状況等が本件溜池に極めて類似することから、右土地の買い受け価格が本件溜池の価格として相当であると主張する。しかし、訴外買収地は、登記簿上の地目は溜池とされているが、土地売買契約書において「(ため池)雑種地」と記載されており、被告ら主張のとおり現況は雑種地であるとみるのが相当であるから、訴外買収地の価格をもって本件溜池の参考価格とすることは相当でない。
右(一)で認定した事実からすれば、被告委員会は、本件溜池の土地単価につき、吉池鑑定士と種本鑑定士が行った二つの鑑定結果を踏まえ、収用対象地区の地価の動向、同一需給圏内の類似地域の取引事例、被告委員会の現地調査の結果を考慮した上、結局、二つの鑑定結果のうち、本件溜池の土地単価を高く認定した種本鑑定士の鑑定評価に従ったものであり、本件溜池の土地単価を適法に認定したものと認められる。
(三) 以上により、本件溜池の土地単価は、被告ら主張のとおり一平方メートル当たり一万五二〇〇円が相当であると認められる。
2 本件溜池の面積について
(一) 右三4(一)、(二)で認定したとおり、被告市は、本件溜池の範囲を溜池の元所有者らの立会いの下で適法に認定しており、原告らの主張する「池林」は本件溜池の範囲には含まれない。
(二) したがって、被告市は、本件溜池の面積につき適法に認定していると認められる。
第四 結論
よって、原告らの被告委員会に対する予備的請求に係る訴えは不適法であるから却下し、原告らの被告委員会に対する主位的請求及び原告らの被告市に対する予備的請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官辻忠雄 裁判官影浦直人 裁判官吉野孝義は、転官のため署名押印することができない。裁判長裁判官辻忠雄)